生命の樹とは?意味・構造とタロット・西洋占星術との関係
生命の樹とは何かを、10のセフィロト・22のパス・三本の柱・四つの世界から解説します。
カバラの歴史、タロット・西洋占星術との対応、
実際の鑑定での活用法まで、占い師・直凛の見解を交えてまとめました。
『生命の樹』―スピリチュアルの学びを深めていきたいと考えている方は、一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。
生命の樹は、ユダヤ教の神秘思想のカバラを背景に持ちます。その後、近代西洋魔術におけるタロットや西洋占星術などと結びつけられた象徴体系です。ですから、同じ生命の樹という言葉でもどの時代や立場からその言葉を見つめるのかによって、意味や使用法が異なります。
このページでは、生命の樹とはそもそも何なのかというところから、10のスフィアー(セフィラともいう。以下はスフィアーに統一)と22のパス、カバラと西洋魔術の違い、タロットや西洋占星術との関係まで順番に見ていきます。
僕はユダヤ思想史を専門とする研究者ではありません。このページでは、生命の樹を占い講座やご相談で扱う実践者の立場から、近代西洋魔術の考え方を重視し、現在の生命の樹がどのように成立してきたのか、その大まかな流れを確認します。年代や系譜について研究上の見解が分かれる部分は、一つの説に決めつけずに記載します。その後、占い師である直凛がどのように生命の樹を扱っているかについては、僕自身の見解として分けて記載します。
すべてのスフィアーやパスの意味を暗記するための一覧ではなく、生命の樹が何を表す図なのかをつかむための入口としてお読みください。
生命の樹とは何か?
現在、スピリチュアル(精神世界)を信仰する人たちの間で言われる生命の樹は「カバラを背景に持つ象徴体系」と表すことができます。

10のスフィアーと22のパスから成り立ち、神・世界・人間の関係を表すと言われています。スフィアーには、神・世界・人間に関わるそれぞれの段階や働きが割り当てられ、パスはスフィアー同士の関係や移行を表します。合計して32の小径とする考え方が普及しています。つまり、この32のパーツを用いて精神世界を可視化し応用することで、神・世界・人間を何度も往来することが目的です。
タロットや西洋占星術との対応は、19世紀に入ってからのオカルト研究(オカルティズム)にて最も加速しましたが、それ以前は違った目的で利用されていました。後のカバラに影響を与えた文献『セーフェル・イェツィラー(形成の書)』には、すでにヘブライ文字と、占星術における七惑星・十二星座との関係が記されていました。その後、10世紀にはアラビア語による注釈が書かれ、16世紀にはラテン語へ翻訳されたことで、キリスト教圏の研究者にも広まっていきました。詰まるところ、事実だけ述べれば、最初から今のようなタロットとの対応があったのではなく、時代と共に新たに付け加えられていったということです。
しかし、その追加は蛇足ではなく、それぞれに異なった役割をしていると言えます。これは個人的な見解であり推測にすぎませんが、真のカバリストからするとタロットや占星術との対応は邪道かもしれません。
しかし、生命の樹を全く知らなかった私からすると、このタロットと占星術との対応は、西洋魔術の象徴を理解する準備をしている人にとって極めて整理された図であり、肉眼では感知できないオカルト世界を認知するのに大いに役立っています。
生命の樹はなぜわかりにくいのか?
生命の樹は、一般的に理解に時間がかかるといわれています。
それは高難易度な専門性と複雑な概念への理解であるからです。
ここでは、わたくし直凛自身が理解しにくいと思った点と、生命の樹の講座を受講されに来る方が苦労していると思う点を並べながら述べていきます。
「意味の一覧表」として覚えようとしているから
生命の樹は、32のパーツを用いて自分自身を理解することが目的です。まずはこれを頭に叩き込む必要があります。近代西洋魔術実践者における共通の概念であると理解しておいてよいでしょう。細分化すると魔術実践者でも分岐がありますが、本質はこの通りです。
生命の樹は全体をまず理解してから細部のスフィアーやパスに移り学習していくのが理想的です。ケテル=王冠であり、コクマー=叡智でありますが、単語の集まりとして覚えても無意味であり、まずは全体の目的と流れを理解することが大切であり、絶対条件です。つまり、生命の樹は個々の意味だけではなく、全体を通してその位置とつながりを見る必要があります。木を見て森を見ないようではいけません。
専門用語が多すぎるから
専門書を手に取っても、生命の木の解説コンテンツを見てみても、まず立ちはだかるのは専門用語が多いことです。このことは私たちの理解を大いに阻害します。
まずは、自分なりに簡単な言葉に置き換えることと、これは何が言いたいのか?と自分なりに解釈をしながら進めていくことが肝腎です。
異なる時代の思想が重なっているから
生命の樹には古代、中世、近代と時代によって形や扱い方が遷移していったことが歴史的観点から見てもわかります。時代順にどう扱われ方が変わっていったのかを見ていくと、近代西洋魔術としての生命の樹がどのように扱われているのかを理解しやすくなります。前提知識も必要になってきますので、順を追って解説してみます。
古代ユダヤ教
生命の樹の思想的な原型は古代ユダヤ教で成立しました。3~6世紀頃の『セーフェル・イェツィラー』にはすでに10のセフィロトと22のヘブライ文字が見られましたが、現在のような樹形図ではありませんでした。古代ユダヤ教のラビという正統派たちは、神は男であるという考えを信仰していました。これは、当時は男尊女卑であったことと、近隣のバビロニアなどの地域では女神信仰が多かったため、差別化をしたかったこと。これらが理由として挙げられます。神という存在は、科学が発達していない時代にとって“未解決な力”を説明することに非常に合理的でした。
月という星がなぜ満ち欠けをするのか。現われない日もある。このことからまず最初に神格化されたのは月であり、月の周期に合わせ月経の周期が来るなど他にも理由は様々ありますが、月は女神としての象徴であると考えられるようになりました。女神は、産み出し、育み、与える。このように神は女神であるという考えが根幹にあり、女神信仰をしている地域が多かったのです。
また、当時多神教の信仰が周囲の地域では見られることが多く、モーセの十戒の第一の戒〈わたしのほかに、何者をも神としてはならない(唯一神の礼拝)〉という一神教は当時画期的なものでした。
では、なぜ生命の樹が示唆されている『セーフェル・イェツィラー』は秘教とされ、口伝されていたと言われているのでしょうか?これは一つ目の理由として、カバリスト(生命の樹を信仰していたと言われる神秘主義たち)にとっての神とは唯一神でありながらも、女性格が存在していると考えていたからです。
第二に、そもそも神とは無から有を生み出す絶対的な存在であり、あらゆる構造を持っていない、つまり一切の制限を受けないと考えられていました。
これらの理由から、カバリストはラビたちと同じようなユダヤ教の信者ではあったものの、正統派とは異なった考え方を持っていたことから異端として見られるようになり、話がわかる人にだけ伝えたり共有していたことが推測されます。結果として、当時どのようにヘブライ文字やセフィロトが扱われていたのかは定かではなく、後世の研究により少しずつ解明されるようになりました。
中世におけるカバラの解明
生命の樹の研究が進み、まずはセフィロトの樹が天井に根を持ち、力が枝を伝って地上で流れるというものが文章で語られました。これは12世紀末頃だと言われています。その後13~14世紀頃に、その文章を可視化した図が現われます。ただし、これらは当時のカバリストそれぞれが別に表現していたため、配置やパスの数は一定ではなかったのです。
16~17世紀頃、現在に近い生命の樹へ整理されていきました。この頃はキリスト教におけるカバラ思想と錬金術の融合がなされていった時代でもあります。
いきなりキリスト教?となるのですが、キリスト教の中でもいろいろな思想の違いがあります。代表的なものはカトリックやプロテスタントですが、そのプロテスタントの中でもルター派やカルヴァン派など派閥が存在します。
カトリックにも多様な思想潮流が存在していて、このカバリストの考えに一番近いものが〈グノーシス主義〉でした。キリスト教神秘主義思想として分類されます。このグノーシス主義について分類される神話は非常に少ないのですが、代表としてナルシストの語源となった神《ナルキッサス》という神の物語が有名です。
いろんな女性に恋をされるイケメンですが、恋に落ちることはなく相手を振り続けていました。エコーという精霊に恋を伝えられますが、またまた振ってしまいます。彼女は悲しみのあまり消えてしまいこだまになってしまいますが、それを見た復讐の女神ネメシスは「自分に恋をして苦しめばいい」と呪いをかけます。
ある日喉が渇き、泉で水を飲もうと顔をちかづけたところ、美しい少年が水面に反射し、その姿に恋をしてしまいます。彼は寝食を忘れ、その恋に苦しみ、そのまま入水自殺をしてしまう。または餓死してしまう。簡単に言うとこんなお話しです。
この神話がグノーシス主義における代表的なものですが、このグノーシス主義とは神秘主義の代名詞として扱われることが多いです。
このキリスト教における神秘主義者たちの中で、10の円、三本の柱、セフィロトを結ぶ線などが整理されていきました。ただ、この時もまだ統一されていたわけではありません。
その後、錬金術としても生命の樹が活用されるようになってきました。元々当時錬金術の歴史としては千年ほどありましたが、薬の調合から物質変化、魂の次元上昇まで多岐に渡り錬金術の内容も変化していきました。当時の歴史的な特徴としては、金属とセフィロトの融合がなされたことです。錬金術で代表的な7つの金属(金、銀、水銀、銅、鉛、すず、鉄)が、惑星が当てはめられたセフィロトに割り当てられました。
近代西洋魔術
19世紀に入り、近代西洋魔術が加速します。
この頃は、長年研究されていた錬金術の考え方において、四元素(火・水・風・土)から全ては構成されているという説が原子の登場によって否定され、錬金術は次第に物質やエネルギーを数式によって説明をする科学と、神的世界への接近を図る魔術・オカルトへと分かれていきました。波動など、科学と魔術で重複する議題があるのはそのためです。
この頃は科学への注目に並行し、オカルトも復興していきました。啓蒙主義や物質主義への反動としてロマン主義が対立するようになりました。主に、催眠術や心霊主義・交霊会なども行われるようになり、当時は秘密結社の設立も活発に行われていました。
秘密結社というと名前からして仰々しい印象を与えますが、要するに「話がわかる人たちだけで話し合いましょう」というものであると認識しています。
同時に、イタリアからフランスに流れてきたタロットというカードに、オカルティストたちがすでに学んできた象徴を重ねはじめます。いわば、新しいおもちゃとしてタロットをオカルトの道具として扱いはじめました。
クール・ド・ジェブランがタロットそのものを古代エジプトの叡智を伝える「※トートの書」であると解釈したところから始まります。もともとジェブラン自体が、叡智の根源は古代エジプトにあると考えており、普遍的な知恵を探していました。世界の宗教、神話、言語にはさらに深い共通の起源があると考えていたからです。
そこにタロットが登場し、彼の認識していた理解が合致することが多くあったため、タロットとの結びつきを意識するようになります。タロットはイタリアで登場し、当時のローマはキリスト教カトリックの総本山のような場所だったので、特にキリスト教の象徴も多く含まれていました。こういった特徴から、タロットの元々の絵を象徴と神話に読み替えられたため、こうしてタロットのエジプト起源説が登場します。
※トートとはエジプト神話における筆耕の神であり、女神イシスを通して神の世界から人間の世界に数々の知恵を授けたと言われています。20世紀最大の魔術師と言われているアレイスター・クロウリー名義で出版されている“トートの書”とはこの話の中では別物です。
このあと、フランスではオカルティズムがタロットとの結びつきに深く注目し、エリファス・レヴィなどが当時のまとめとして『高等魔術の教理と祭儀』を出版します。
この本の中ではタロットの22枚、ヘブライ文字、カバラ、魔術を対応させようとした痕跡が見られます。
しかし、現代の対応表のようになっていません。
余談ですが、これにも諸説あります。アレイスター・クロウリーは自著『トートの書』にて、「当時わからなくて完全な対応になっていなかったのではなくて、本人たちの意向でわざと濁している」という旨を書いています。これには、僕自身も同意します。
現代の占いというものも、個人の発信やAIにおいて簡単にわかるようになりましたが、そもそもの情報源は口伝されていたものが多く、公開されている情報は精巧にカモフラージュされていることが多いと感じています。このレヴィの不完全な対応も、当時の“カモフラージュ”だったと推測します。
その後、当時イギリスに住んでいたウェイトが、レヴィの本を英訳し、オカルトはイギリスに持ち込まれました。多数の結社が存在していましたが、主にフランスで理論が形作られ、イギリスで黄金の夜明け団という秘密結社が設立され、近代魔術の最終形として生命の樹を実践できる形に変化させていきました。そして、現代に至ります。
このようにして、意外とタロットと生命の樹の関連はここ250年くらいの話であり、現在のように生命の樹とタロットとの関わり合いは120年ほどしか経っていません。
しかしながら、生命の樹の歴史は古く、まだ解明できていない部分があったり、時代によって解釈のされ方も違っています。ですから、生命の樹を横断して理解しようとするのではなく、どの時代の生命の樹の解釈を学びたいのかを自身で持っておくことが大切です。
生命の樹は「位置・つながり・移動」で読む
生命の樹には、時代によって変化していった過程があると説明を行いました。
近代西洋魔術では、神・世界・人を一体化させる目的を可視化するものとして生命の樹を発展させてきました。
ここでは、生命の樹の見方を表します。
生命の樹は10のスフィアーと22のパスから成り立ちます。
それぞれが何を表すのかを、受講生が特に引っかかっている部分に焦点も当てつつ見ていきます。
スフィアーは〈静〉を表す
スフィアーとは、生命の樹の中の10の感受点を示します。図の中の円に当たる部分がスフィアーです。
スフィアーの語源
スフィアーはセフィラともいいます。語源はヘブライ語でサファル、日本語では「数える」「書物」を表します。ユダヤ神秘主義では異端でしたが、その内容は神を記号や数式によって表す試みでもあったため、こちらが世間ではより受け入れられてる語源でしょう。(そもそも生命の樹はすごくニッチな分野ですが…)
また、サッピールという説もあり、サファイアを意味します。ユダヤ神秘主義の書物『バヒール(光の書)』には、「神の放つ輝きはサファイアのようである」という記述も残っています。僕個人としては、こちらの表現の方が神が与えたギフトであるという受け取り方ができるので、サファイア説を信仰しています。
単数形は「スフィアー」「セフィラ」、複数形は「セフィロト」といいます。

〈静〉と〈動〉の考え方
西洋魔術の占術には、静と動が存在していると考えており、生命の樹のスフィアーは静にあたると個人的に思量しています。
静と動の概念は個人的な熟慮の末に出た概念ですが、物事には自ら動いて変化を促す能動的な力である〈動〉と、動かずに示す受動的な感受点である〈静〉があると思惟しています。
例えば、「1+1=2」という数式があったとして、この数字の部分は結果を示す静の部分に当たります。「+」や「=」は変化をもたらす動的な記号となっているため動を示します。
理解する上で大切なこと
スフィアーは円として表されていますが、立体的に考えると球になると個人的に理解しています。
この球は、その球を見る視点によって様々なものを反射します。
ですから、それぞれのスフィアーの意味を後述していきますが、その意味から本質を理解しようと努め、そのスフィアーは何を言いたいのかを自分の言葉で表現できるようにしていくことが必須になります。つまり、意味を覚えることは大切であり基礎です。その先には理解が待っています。意味を応用していくことが生命の樹の“うまみ”を感じられる部分です。
パスは動を表す
スフィアーが静であるとすれば、パスは動を示します。
パスの由来
パスは英語でpath、「小道」を表します。紀伊國屋書店出版の伊泉龍一さんの著書でもパスは小径と表現されています。
パスの性質と効果
パスを理解していく上で必要なことは、パスは〈動〉であり、スフィアーをつなぐ連絡通路だということです。このパスこそが、近代西洋魔術において最も発展を遂げた部分であり、タロットの大アルカナ(アルカナ・メジャー)と密接に関係している部分です。パスは単なる線ではなく、1つの状態から別のものに移るための動的な魔法として考えられています。
10のセフィロトの意味と役割
では、まずはスフィアーを1つずつ、解説していきます。
上に位置するスフィアーほど抽象的であり、下に行くほど具体性を持っていきます。また、左右に置かれたスフィアーは対照的な働きであり、中央のスフィアーは両者を統合・調整する役割を持ちます。
下にあるから劣るとか、上にあるから優れているということはありません。
さらに、どのスフィアーが大切でどれは重要視しなくてもいいということもありません。
各セフィラの名称・位置・基本的な働きだけを扱っています。惑星・色・神名・タロットとの細かな対応、実際の読み方、判断の順序、事例は含めていません。このページでは全体像のみを伝え、講座で扱う内容とは役割を分けています。
各スフィアーと対応表

| 番号 | スフィアー名 | 日本語訳 | 階層 | 基本的な意味 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | ケテル | 王冠 | 流出界 | 無・始まり |
| 2 | コクマー | 叡智・知恵 | 流出界 | 存在・可能性 |
| 3 | ビナー | 理解 | 流出界 | 不可避な制限 |
| 4 | ケセド | 慈悲 | 創造界 | 拡大・育てる |
| 5 | ゲブラー | 厳格 | 創造界 | 破壊・削る |
| 6 | ティファレト | 美 | 創造界 | 啓蒙・調和 |
| 7 | ネツァク | 勝利 | 形成界 | 感性 |
| 8 | ホド | 栄光・光輝 | 形成界 | 理性 |
| 9 | イェソド | 基礎 | 形成界 | 夢 |
| 10 | マルクト | 王国 | 物質界 | 現実 |
1のスフィアー「ケテル」
ヘブライ語:ケテル
日本語名:王冠
階層:流出界、アツィルト
ケテルは「王冠」と訳され、生命の樹の最上部に置かれる第1のセフィラです。まだ考えや形として分かれていない、すべての始まりとなる意志や目的を表します。ほかのセフィラは、この根源的な意志が段階を経て具体化していく働きとして見ることができます。
2のスフィアー「コクマー」
コクマーまたはコクマは「知恵」と訳され、ケテルの意志が最初の力として現れた状態を表します。ただし、ここでの知恵は整理された知識ではなく、まだ説明できない閃きや可能性に近いものです。力は生まれていますが、形や境界はまだ定まっていません。
3のスフィアー「ビナー」
ビナーは「理解」と訳され、コクマーで生まれた可能性に輪郭と構造を与える働きを持ちます。一つの閃きを分けて考え、何が含まれているかを理解できる形へ広げていく段階です。力を制限することによって、はじめて具体的なものが生まれます。
4のスフィアー「ケセド」
ケセドは「慈悲」「慈愛」などと訳され、生命や可能性を外へ広げ、惜しみなく与える働きを表します。成長や発展を促す力ですが、制限がなければ広がりすぎる側面もあります。そのため、向かい側のゲブラーと対になって働きます。
5のスフィアー「ゲブラー」
ゲブラーは「厳格」「峻厳」などと訳され、広がるものに境界を設け、不要なものを削る働きを表します。拒絶や破壊だけではなく、相手や状況に合わせて量を制限する力でもあります。ケセドの拡大を、現実に扱える形へ絞り込みます。
6のスフィアー「ティファレト」
ティファレトは「美」と訳され、生命の樹の中央でケセドとゲブラーを調和させる働きを持ちます。広げることと制限することのどちらかへ偏らず、全体として成り立つ形を探します。上部と下部をつなぐ中心として描かれることも多いセフィラです。
7のスフィアー「ネツァク」
ネツァクは「勝利」「永続」などと訳され、物事を続け、目的へ向かわせる力を表します。西洋魔術では、感情や欲望、直感的な反応とも結びつけて説明されます。考える前に心が動くことや、惹かれる方向へ進もうとする働きに近いものです。
8のスフィアー「ホド」
ホドは「栄光」「光輝」と訳され、経験したものを考え、分類し、言葉や記号にする働きを表します。西洋魔術では理性や分析と結びつけられ、ネツァクの感情的な動きに形を与える側として扱われます。感じたものを、説明できる状態へ移す段階です。
9のスフィアー「イェソド」
イェソドは「基礎」と訳され、上にあるセフィラの働きを受け取り、マルクトへ伝える中継点です。離散した力を一つの像や型としてまとめ、現実へ現れる直前の状態を作ります。西洋魔術では、イメージや無意識と結びつけて説明されることもあります。
10のスフィアー「マルクト」
マルクトは「王国」と訳され、生命の樹の最下部に位置する第10のセフィラです。上から流れてきたものが、物質や身体、行動、出来事として現れた状態を表します。下にあるから劣っているのではなく、始まりの意志が実現するために必要な到達点です。
本章に関する私見
あくまで一専門家としての私見ですが、生命の樹とは見えない世界、すなわちオカルトにおける可視化を目的としたものです。そのため、どうしても10のスフィアー「マルクト」を軽視してしまう傾向があると予想されます。
しかし、私たちが生きているのは紛れもなくこの現実世界です。そして、自分が変わりたいとか、この世界を違う目線で見てみたいと考えるきっかけが起こるのもまた現実世界なのです。
生命の樹を通して自分という人間の内面を見つめ直すときの過程として生命の樹は非常に便利なツールです。しかし、不都合なことが起こったときに、これは他人の問題であるとか、自分は自分なんだから仕方ないとか、今はタイミングではないとか、そういった解釈が生命の樹を通して生まれてくるまたは変化せずに通り過ぎていくようでは全くの無意味であると考えています。正しい順序と正しい力学で生命の樹を通るときは、自分自身が多少なりとも変化し、世界の見え方が変わります。それが魔術であると信じています。
生命の樹は一方通行ではなく、一つの問題にしろ人生にしろ、同じ所を行ったり来たり、何度も何度も反芻しながらも進みます。ですから、上から下におりたり、下から上にあがったりするどちらかが正しいということでもなく、その問題において通り道は変化していきます。しかし、物事の原因は現実世界で起こります。ですから、専ら下から上へ上昇していく過程が多いという見解は否定できません。
11のスフィアー「ダアト」を採用しない理由
生命の樹の図には、ダアトと呼ばれるものが描かれる場合があります。「知識」と訳される場所です。ダアトの概念自体は古くから存在しますが、ダアトを冥王星と結びつける対応は、冥王星が発見された1930年以降に加えられたものです。
しかし、統一された概念ではありません。
これは個人的な見方ですが、ダアトと冥王星の対応には、既存の生命の樹へ冥王星を当てはめるための後付けを感じています。セフィロトと惑星として扱われる天体の数はダアトまで含めるとちょうどの数になります。これに神秘を感じることを否定しません。
しかし、僕自身はダアトを独立したセフィラとして扱わなくても、生命の樹の構造に不足を感じていません。なぜなら、僕はタロット理解のために生命の樹を取り入れていることと、タロットはダアトとの接続を認める構造になっていないからです。さらに、近代西洋魔術を確立させた黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)の暗号文書にも、「ダアトは正確にはスフィアーではないため、この配置はそれほど正確ではない」といった旨の記述も確認されています。
そのため、このページではダアトを10のセフィラには含めず、冥王星との対応も採用していません。
22のパスは何を表しているのか?
生命の樹では、10のスフィアーをつなぐ22本の線を「パス(path:小道)」と呼びます。スフィアーがそれぞれの役割を表す静的性質だとすれば、パスはその2つがどのように繋がり何が変化していくかを観察するための動的魔術を表します。
パスを単に線としてみなすなら、スフィアー間をつなぐ道として終わってしまいます。
しかし、生命の樹をタロットと重ねて読む場合はその線の上に大アルカナを重ねます。そこで見えてくるのは、カードは固定された意味なのではなく、二つの状態をつなぐ途中の働きであり、問題において絶えずカードが示すことは変化するということです。
パスは最初から決められた方向性があるということではありません。どちらに進むのかとよく質問を受けますが、その問題とその人の心理状況、人生の段階、捉え方、扱い方などにおいて方向は変わります。まず相談内容を整理し、上下どちらに向かおうとしているのかを判断することが大切です。
「32の小径」と22のヘブライ文字
セーフェル・イェツィラー(形成の書)には「32の驚くべき知恵の道」という考え方が出てきます。ここで言われている32とは、10のセフィロトと22のパスの合計数です。パスには22文字あるヘブライ文字が一つずつ当てはめられています。つまり、古い文献の段階から22という数はヘブライ文字と結びついていました。
しかし、先述したとおり形成の書に生命の樹がそのまま書かれていたわけでなく、10のセフィロトと22のヘブライ文字という考え方だったことはご留意ください。
22の文字は3つの母音、7つの複字、12の単字に分けられます。ここに元素、惑星、星座との対応が見られますが、細かな割り当ては解釈の伝統などによっても差があります。下図ではその1つをご紹介します。
| 分類 | ヘブライ文字 | 読み方 | 対応領域 |
|---|---|---|---|
| 母音 | א מ ש | アレフ メム シン | 3つの根源的要素 |
| 複字 | ב ג ד כ פ ר ת | ベート・ベス ギメル ダレット・ダレス カフ ペー レーシュ・レシュ タウ・タヴ | 7惑星など |
| 単字 | ה ו ז ח ט י ל נ ס ע צ ק | へー ヴァウ・ヴァヴ ザイン ヘット・ケス テス・テット ヨッド ラメド ヌン サメク アイン ツァディ・ツァダイ コフ | 12星座など |
大アルカナとパスの対応一覧
タロットの大アルカナとパスの対応は、時代や流派、タロット作者の考えによっても異なります。
この表は黄金の夜明け団のTの書に記載されていた対応を参考に、パス番号・ヘブライ文字・結ばれるスフィアーと大アルカナを記載しています。
| パス番号 | 該当するヘブライ語 | 結ぶスフィアー | 大アルカナ |
|---|---|---|---|
| 11 | アレフ | ケテル・コクマー | 0.愚者 |
| 12 | ベート・ベス | ケテル・ビナー | 1.魔術師 |
| 13 | ギメル | ケテル・ティファレト | 2.女司祭 |
| 14 | ダレット・ダレス | コクマー・ビナー | 3.女帝 |
| 15 | へー | コクマー・ティファレト | 4.皇帝 |
| 16 | ヴァウ・ヴァヴ | コクマー・ケセド | 5.司祭 |
| 17 | ザイン | ビナー・ティファレト | 6.恋人たち |
| 18 | ヘット・ケス | ビナー・ゲブラー | 7.戦車 |
| 19 | テス・テット | ケセド・ゲブラー | 8.力 |
| 20 | ヨッド | ケセド・ティファレト | 9.隠者 |
| 21 | カフ | ケセド・ネツァク | 10.運命の車輪 |
| 22 | ラメド | ゲブラー・ティファレト | 11.正義 |
| 23 | メム | ゲブラー・ホド | 12.吊るされた男 |
| 24 | ヌン | ティファレト・ネツァク | 13.死 |
| 25 | サメク | ティファレト・イェソド | 14.節制 |
| 26 | アイン | ティファレト・ホド | 15.悪魔 |
| 27 | ペー | ネツァク・ホド | 16.塔 |
| 28 | ツァディ・ツァダイ | イェソド・ネツァク | 17.星 |
| 29 | コフ | マルクト・ネツァク | 18.月 |
| 30 | レーシュ・レシュ | ホド・イェソド | 19.太陽 |
| 31 | シン | マルクト・ホド | 20.審判 |
| 32 | タウ・タヴ | マルクト・イェソド | 21.世界 |
パスは「動」で読む
パスと大アルカナの一覧表を見ると、また新たに意味を追加して覚えなければいけないと思ってしまうかもしれません。
しかし、それは違っていて、順番は逆です。カードをより深く理解するためにパスを見ます。受講生の多くはパスとカードの意味は別であり、カードにパスの意味を付け加えてリーディングしようとする痕跡を残すことが多いです。実際には、カードを理解するためにパスを見る。パスを横断するときにカードを使う。この順番です。
「節制」を例に考えてみましょう
講座の内容ですが、使い方もここで一つだけ紹介してみます。
「節制」のカードを使って、どのようにカードを理解するか、スフィアー間をどうつなぐかを見ていきましょう。
節制に対応する第25のパスをイェソドからティファレトへ上昇する方向で読んでみます。パス自体に固定された一方通行があるわけではないため、今回は説明のために方向を固定しています。


イェソドは現実へ現われる直前をまとめる場所であり、現実を少し離れた場所にあるスフィアーです。西洋魔術では夢や幻覚、記憶、無意識などを象徴します。そこからティファレトへ向かうなら、内側にたまった像や反応を現実解へ下ろそうとするのではなく、自分自身への啓蒙や調和へと移行していくことに注力します。そしてそれは、見直され自分自身全体として成り立つ形へ整えていく流れとして読むことができます。
ここでわかることは、まずタロットとしての意味を覚えるのではなく、どこでどんなタイミングで使う魔法なのかを生命の樹を通して理解しなければならないということです。
本章における私見
僕にとってパスを学ぶ意味とは、ずばりそれぞれの象徴としてのカードがどこに位置し、何とつながり、どのように働くのかを見るためです。大アルカナを固定された意味ではなく、変化の途中として捉えることによって、タロットを単にキーワードの羅列から作る物語ではなく、立体的な魔法として扱うことができるようになります。
生命の樹を背景にタロットを活用することは、人生における魔法を扱うことと同義です。
生命の樹の構図を理解することによって、タロットという魔法の発動には条件があることがわかります。その条件を理解するために生命の樹を扱う。そうやって捉えていけば、摩訶不思議なオカルトの図ではなく、非常に実用的な人生の設計図として駆使することができるようになります。
生命の樹の三本柱
生命の樹のセフィロトやパスについての説明を行いました。
10のセフィラーを一つずつ見ていくと、それぞれが別の意味を持っているように見えます。
しかし、生命の樹は10の意味を並べただけの図ではありません。
次はよりまとまった見方、生命の樹を縦に見ていく方法をご紹介します。
生命の樹は三本の柱から成っており、右から「慈悲の柱」、「均衡の柱」、「峻厳の柱」です。
慈悲は広げること、峻厳は狭めること、中央は均衡を保つこととして全体として成り立たせる方向を示します。
この柱は基本的に柱の根幹をなすスフィアー、ケセド(慈悲)、ティファレト(均衡)、ゲブラー(峻厳)から名前をとっていて、その日本語訳が柱の名前になっています。書籍や筆者の解釈によって日本語訳は変わるため、それに応じて柱の名前も変わります。
しかし、美の柱や慈愛の柱という名前は僕は見たことがありませんので、概ねこの三本の柱の名前を理解しておくと、生命の樹の理解者の中で話が食い違うということは避けられるでしょう。

慈悲の柱
慈悲の柱にはコクマー、ケセド、ネツァクが並びます。
ここでいう慈悲とは、他人を慈しむことではありません。他人の痛みを取り除くことでもありません。
自身の中の力を発揮し、育て、続けていく力です。
人は何かを始めるときは「こうしたい」「もっと広げたい」という動きが必要です。最初から「これはできない」と制限していては、新しいものは生まれません。ここでいう慈悲という言葉がどんなニュアンスか、少しつかめたのではないでしょうか。
峻厳の柱
峻厳の柱にはビナー、ゲブラー、ホドが並びます。
峻厳という言葉には、厳しく冷徹な印象が想像されます。
しかし、慈悲と同じように、その印象ではこの峻厳の柱を捉えることができません。もっと言うと、何かを罰するようなことではありません。
この峻厳の柱では、『狭める』ことがテーマです。
広げたら、狭める。これは人生の鉄則です。新しい服を買ったら、古いものを捨てる。誰かと縁を切れば、新しい人と繋がる。これを読んでいるあなたは、なんとなく理解いただけると思います。
何かを狭めれば、可能性も狭まるように見えるかもしれない。しかし、可能性を減らすからこそ、一つのものとして輪郭を持ち、現実へ落とし込めるようになります。
均衡の柱
均衡の柱は、ケテル、ティファレト、イェソド、マルクトが並びます。この柱は該当するスフィアーが4つあります。
均衡とは、慈悲と峻厳を半分ずつ混ぜることではありません。左右の力を弱めるのでもなく、その場に応じて必要な力を働かせ、一つの流れとして成立させます。
ソフトクリームを例に出すと、バニラが食べたい。チョコも食べたい。だからミックスを注文する。そんなニュアンスが均衡の柱にはあります。慈悲と峻厳の柱は反対方向に向かっているように見えますが、どちらかを欠落させるのではなく、上手く混ぜ合わせることで初めて形になっていくことを表しています。
慈悲と峻厳は善悪ではない
慈悲は良い。峻厳は悪い。
そんな単純な話ではありません。広げ続けるだけでは、可能性が広がるばかりで何も決まりません。狭め続けるばかりでは、可能性を切り落としすぎてしまって何も生まれなくなります。何を広げようとして、何を削ろうとしているのか。そして、二つの力が共に働く場所はどこなのか。
三本の柱は、その関係の構造を見るためのものです。
生命の樹はどう流れる?
生命の樹を学びに来られる受講生さんを中心に、生命の樹は上からなのか下からなのかよく質問を受けます。
生命の樹には上から流れる「創造の道」と下から流れる「蛇の道」の2つの道が存在すると言われています(流派によっても様々ですが、代表的なのはこの2つです)。

創造の道:上から下へ
創造の道はケテルから始まり、マルクトへと進みます。
近代西洋魔術では、「稲妻の閃光」や「炎の剣」と呼ぶこともあります。創造の道という呼び方はそのうちの一つだと認識していただいて構いません。
ケテルにある根源的な意志や力がそのまま物質界に発現するのではなく、スフィアーをひとつひとつ通過しながら現実界に下りてきます。これは神的なものが世界を創造する流れとして説明されることが多いですが、人間にも起こります。
創造の道は目に見えなかったものを現実世界に下ろすときに使う道であることを理解しておきましょう。
過去に芸術家の方が受講生としていらっしゃったことがあり、その時にはケテルから説明する講座を組みました。浮かんだメロディーを現実界で皆に聴いてもらうという働きは、この創造の道を辿ります。それ以降、アーティストの方が受講生としてお見えになるときは、創造の道順に講義を行っています。
蛇の道:下から上へ
蛇の道はマルクトから始まります。
マルクトは現実世界を表し、私たちが直面する問題や課題は、ほとんどの場合に現実世界から生じます。ゆえに、生命の樹を扱うときのほとんどは蛇の道を辿ると考えて問題ないでしょう。現実を出発点として、自身の内面を哲学していくことが蛇の道の目的です。
なぜ蛇なのか――。
それはキリスト教を中心に、西洋では蛇は叡智を示す生き物だからだと言われています。この地上で一番賢い生き物だとされているため、タロットにも蛇が出てきます。タロット大アルカナ6番『恋人たち』に登場する蛇は、人間が地上に堕落する前にイヴ(エヴァ)をだました悪魔の象徴として描かれています。旧約聖書の創世記にて「神が造られた野の獣の中で、最も賢い(狡猾な)生き物」として登場しています。さらに新約聖書のヨハネの黙示録などでは「あの古い蛇、悪魔とかサタンとか呼ばれる者」と説明されているため、蛇は悪魔に変身していたことがわかります。蛇の方が頭脳は一枚上手だったので、イヴはそそのかされてしまったんですね。
(余談ですが、蛇もきちんと罰を受けています。元々は手足がありましたが、地上の者が気味悪がって近づかないように手足を奪われました。この結果、地を這うようにしか動けなくなったとされています。僕は蛇かわいくて好きなんですけどね。)
この章における私見
このマルクトからの上昇は、自分の中でその問題や違和感が生まれた原因を探す目的があり、決して現実離れするためのものではありません。最近はスピリチュアルが流行していて、“自分らしく生きる”というキャッチフレーズを基に非常に多くの方が活躍されています。生命の樹の本質的には正しく、私もそれに概ね同意します。しかし、世間を無視したり、わがままに横柄に生きるというのはちょっと違うと思います。自分自身を模索しながらも、しっかり現実に根をはって、地に足をつけて生きていくことが最も重要です。マルクトは最下部に配置されていますが、重要でないからではありません。むしろ、私たちは現実を生きていて、これから先も生きてゆかねばなりません。そう考えたとき、果たしてマルクトをないがしろにできるのか。――そう考えたときに、生命の樹を学ぶ意味が出てくるでしょう。
生命の樹における4つの階層
生命の樹を創造の道で辿ると、まだ形を持たない可能性が段階を経て現実へと流れていく過程が見えてきます。カバラでは、この流れを理解するための枠組みとしてアツィルト、ブリアー、イェツィラー、アッシャーという四つの世界観の構成で考えられています。
アツィルト:流出界
アツィルトは4つの階層のうち最も神の力の流出に近い場所と考えられています。日本語では流出界と呼ばれます。
ここにあるのは、具体的な計画や形ではなく、何かが生まれようとする根源的な可能性や意志であり、何を作るかさえ明確になる前の、原初の働きに近いものだと考えられています。該当するスフィアーは、ケテル・コクマー・ビナーの3つ。このアツィルトは生命の樹の中でも特別視された階層であり、アツィルトと次に続くブリアーとの境目を『深淵(アビス)』と呼びます。この3つのスフィアーを結んだ三角形を『至高の三角形』または『ロゴスの三角形』と呼びます。
魔術では火のエレメントとして扱われます。
ブリアー:創造界
ブリアーはアツィルトから流れ出した可能性が一つの創造として広がりはじめる場所です。
最初の衝動が漠然としたものではなく、一つの方向性を持ち始める段階です。
対応するスフィアーはケセド・ゲブラー・ティファレト。この3つを結ぶ三角形は『倫理的三角形』と呼ばれています。
魔術では水のエレメントとして扱われます。
イェツィラー:形成界
イェツィラーまたはイェイツィラーはブリアーから発現した方向性がさらに具体化する場所です。
構想だけではまだ現実に表すことができません。ですから、どうすれば現実に落とし込めるのかを考察する場です。
対応するスフィアーはネツァク・ホド・イェソド。この3つを結ぶと『魔術的三角形』になります。
魔術では風のエレメントとして扱われます。
アッシャー:物質界
私たちが過ごす現実世界を表します。
物質界と呼ばれますが、本来は活動や行為の世界という意味も含んでいます。
アッシャーは最下層として表されます。
しかし、卑下されるものでも、蔑ろにされるものでもありません。どのような素晴らしい構想やアイデアがあっても、ここに下ろさなければ何もしていないのと同じになります。物事の原因であり、結果を示します。
魔術では土のエレメントとして扱われます。
生命の樹とタロット・西洋占星術の対応
前章まででは、10のスフィアーや22のパス、三本の柱、4つの階層…と生命の樹の構造について見てきました。
ここからは、その生命の樹にタロットや西洋占星術がどのように割り当て重ねられているのかを見ていきます。
現在よく知られている対応関係は、黄金の夜明け団をはじめとする近代西洋魔術の中で体系化されたものであり、詰まるところ全てのタロットで共通しているわけではありません。
このページでは、僕が普段使用しているウェイト=スミス版タロットにおける対応を記載します。
10のスフィアーと天体・惑星の対応
生命の樹における10のスフィアーは、惑星をはじめとする天体や天上の領域が対応しています。
| 番号 | スフィアー | 対応する天体・天上領域 |
|---|---|---|
| 1 | ケテル | 第一動因・根源 |
| 2 | コクマー | 黄道十二宮・恒星球 |
| 3 | ビナー | 土星 |
| 4 | ケセド | 木星 |
| 5 | ゲブラー | 火星 |
| 6 | ティファレト | 太陽 |
| 7 | ネツァク | 金星 |
| 8 | ホド | 水星 |
| 9 | イェソド | 月 |
| 10 | マルクト | 地球 |
ここで注意したいのは、10のスフィアー全てに惑星が全て割り当てられているわけではないということです。特にケテルやコクマーはダアトと共にトランスサタニアン(天王星・海王星・冥王星)が現代では当てはめられている文献も散見されますが、ウェイト=スミス版タロットを作成する際の黄金の夜明け団の『知識講義』やカバラの基礎文書『飛翔するロール』にはトランスサタニアンの割り当ての記載がありません。なぜなら、古代から考えられていた七惑星に注視し整理しようとしたことと、ビナーというはじめて形を受ける場所に肉眼で確認できる限界の土星までを当てはめることを考えていたからだと言われています。天王星はハーシェル兄妹により1781年に発見されましたが、1888年に設立された黄金の夜明け団は天王星をコクマーには対応させていません。
これは持論ですが、天王星や海王星だって惑星として見えるということは形を受けています。でも生命の樹におけるコクマーやケテルは形を受けませんので、矛盾が生じると言えます。ダアトも存在は認められていましたが、黄金の夜明け団も11番目のスフィアーではないことを示唆していましたし、仮に冥王星を当てはめたとしても、地球から見れば一番遠いはずなのに、ダアトの場所は一番遠くではありません。ですから、私自身黄金の夜明け団の考えにロマンを感じますし、全面的に同意します。
22のパスと大アルカナ・占星術の対応
10のスフィアーを結ぶ22のパスには、22のヘブライ文字と、タロットの大アルカナ22枚が対応しています。
さらに、ヘブライ文字は3つの母音、7つの複字、12の単字に分けられ、それぞれ3元素、7惑星、12星座へと対応します。
| ヘブライ文字の区分 | 数字 | 占星術上の対応 | 対応する大アルカナ |
|---|---|---|---|
| 3母音 | 3 | 風・水・火 | 愚者・吊るされた男・審判 |
| 7複字 | 7 | 水星・月・金星・木星・火星・太陽・土星 | 魔術師・女司祭・女帝・運命の車輪・塔・太陽・世界 |
| 12単字 | 12 | 牡羊座から魚座まで | 残り12枚の大アルカナ |
つまり、1つのパスには、
①2つのスフィアー
②1つのヘブライ文字
③1枚の大アルカナ
④1つの元素・惑星・星座
が重ねられています。
例えば「愚者」はヘブライ語のアレフ、風の元素、そしてケテルとコクマーを結ぶパスに対応しています。
愚者というカードだけを見ると、自由、始まり、未知の可能性など様々な意味を考えることができます。
しかし、生命の樹に置くことでその自由さはどこから生まれ、何と何の間を移動する働きなのか、ケテルとコクマーを移動する〈動〉としての働きは何なのかを考えていくきっかけになります。
パスには絶対的な始点と終点があるわけではありません。これまでの章でも述べていますが、生命の樹を創造の道として読むのか、蛇の道として読むのかで変わります。そしてそれは、タロットを使うあなたと相談者の話から臨機応変に判断しなければなりません。
再三申し上げますが、この大アルカナやヘブライ文字との対応は流派によって異なる場合があります。これは黄金の夜明け団による機密文書『Tの書』を参考にしています。
ウェイトも、ウェイト=スミス版タロットのあとに出したトリニティタロットにおいてパスと大アルカナの対応を変更しています。またクロウリーのトート・タロットにおいてもTの書から変更している箇所があります。
4つの世界と小アルカナの対応
小アルカナの4つのスート(棒・杯・剣・金貨)は、生命の樹における4つの世界と4元素に対応しています。
| 4つの階層 | 元素 | 小アルカナのスート |
|---|---|---|
| アツィルト|流出界 | 火 | ワンド(棒) |
| ブリアー|創造界 | 水 | カップ(杯) |
| イェツィラー|形成界 | 風 | ソード(剣) |
| アッシャー|物質界 | 土 | ペンタクル(金貨) |
さらに、小アルカナのヌーメラルカード(数札)のA~10は、10のスフィアーに対応します。
たとえばソードの6では、ソードが示す風の性質に、第6スフィアーであるティファレトの働きが重なります。どの世界におけるどのスフィアーなのかを考えることで、小アルカナの意味を生命の樹の中へ位置づけることができます。
なお、コートカードにも階層やスフィアーとの対応、神や天使などの対応などがありますが、デッキによって対応が異なるため省略させていただきます。ご留意ください。
生命の樹を学んだからこそできたことと線引き
ここまで一通り生命の樹に関する基本的な事柄を書いてきました。
最初に確認しましたが、生命の樹とタロットとの対応は最初からあったわけではありません。むしろ、歴史的に見るとまだ200年前後の話です。
しかし、この象徴の体系化が無意味だったとは到底思えません。なぜなら、僕がタロットを理解する上で非常に有用であったし、実際の鑑定にも、僕自身の人生においても役に立っているからです。タロットを理解する助けになるのが生命の樹であり、生命の樹を理解することでタロットや占星術、さらには自分の人生の主導権を自分自身に戻すことができているからです。
生命の樹を知る前までは、僕はタロットと西洋占星術を勉強していました。タロットや占星術の著者はそれぞれに考えを持っていることが多く、同じ象徴でも解釈が違う。それゆえ、本の内容によって書いてあることが違うことに翻弄されていました。
この生命の樹を知り、理解するように努め、取り入れ、実生活に応用して扱うようになると、以前はうさんくさいと思っていたオカルト世界のことを多少理解し信仰できるようになりました。そして、正しいと思える解釈やそうではないものの線引きを自分で行うことができるようになり、さらにタロットや占星術における理解が深まりました。生命の樹を通してタロットや占星術の逆輸入ができたということです。タロットにはそれぞれの意味や物語がありますが、生命の樹という枠組みを与えることで、いつ・どのように・何を行うのかがわかるようになる。問題とそれに伴う考え方、それに伴う自分自身の成長を立体的に捉えることができるようになります。
同じ「太陽」という象徴でも、占星術・タロット・生命の樹においての太陽の解釈において、まったく同じ意味を持ってはいません。なぜなら、それぞれ異なる体系の中で生まれた象徴だからです。
しかし、生命の樹に置いてみることで、なぜ似た性質が見いだされたのか、どこが共通していてどこが違うのかを考えることができます。対応表を置きましたが、それを暗記するだけでは意味がなく、実際に使っていかないとただの気難しいオカルトの図になってしまいます。数学の公式を覚えても、試験で解くときに使えないと意味がない。
しかし、その公式を覚えて理解しようとしているからこそ、自分がどこにいて、何と何が繋がっているのかを考えることができるようになります。
一方で、僕が近代西洋魔術としての生命の樹においても採用していないものもあります。
一つ目はダアト。これは近代西洋魔術の時代も存在は認められていましたが、正式なスフィアーではありませんでした。現にタロットとの対応は考えられていません。あくまで近代西洋魔術における生命の樹を理解する上においてはあってもいいのかもしれませんが、現実世界ではこのダアトを使うということがあまりないです。ですから、概念は理解しておくけど実生活では重点的に使用しない。このニュアンスが正しいかなと思います。
二つ目はトランスサタニアンとスフィアーの関連付け。トランスサタニアンは肉眼で確認できないことと、コクマーやケテルは形をとらないスフィアーですので、形をとっている惑星を当てはめるのは違うかなと思います。厳密に言うと気体や物質の形質が重力に反応して球体に見えるのですが、そう考えたとしてもやはり形を取っているかなと個人的に勘考した結果、その結論に至りました。
この後世に付け加えられたタロットや占星術の対応、トランスサタニアンなども含め、僕は絶対的な真理として扱ってはいません。
しかしながら、別々に存在していた西洋魔術の象徴を認知し、その関係を考えるための図として生命の樹は大いに役立つと考えています。歴史としては分けて考える。元々のカバリストとしての生命の樹とは違うかもしれない。でも、現在の使い方としてはつなげて採用する。僕はそうやって生命の樹を活用しています。
生命の樹を学ぶとタロットの読み方がどう変わるか?
生命の樹をただ学ぶだけでタロットがすぐ読めるようになる。――これは幻想です。むしろ、生命の樹がなくてもタロットを読むことはできます。
では、生命の樹を知り、理解し、応用することで何ができるようになるのでしょうか。そして、なぜ生命の樹を学ぶのでしょうか。
カードの意味を単体で覚えなくなる
タロットを学び始めた頃は、カードごと示されている意味やキーワードを覚えようとします。愚者なら自由や始まり、皇帝なら支配といった具合です。もちろん、基本的な意味を覚えることは必要です。
しかし、ただの暗記に終わっている場合、相談内容が少し変わっただけでどの意味を選べば良いのかわからなくなります。さらに、理解の前の暗記で終わっている場合は忘れてしまうことだってあります。
生命の樹と関連してタロットを理解するとき、カード1枚の中にも複数の構造における部品が入っていることがわかります。その部品の一つひとつを解釈し準備しておくことで、多面的な角度から見つめることができます。ある一定のレベルを超えるとカード1枚でまるで10枚めくったかのようにお話ができるようになります。
カードの意味を全く覚えなくてよくなるわけではありません。ばらばらの言葉として、単語カードの裏に書くような覚え方をしなくてよくなるという方が近いです。
意味の似ているカードを区別しやすくなる
勉強しているとき、このカード似てるからわかりにくいということがあると思います。
たとえば「節制」と「太陽」、「悪魔」と「死」、「女司祭」と「正義」など、絶妙な違いで分かれていると思われるカードが存在します。
しかしながら、カードが分かれているということは意味も世界観も全て違うということになります。生命の樹で見ても、「節制」ならイェソドとティファレトをつなぐのに対し、「太陽」はイェソドとホドをつなぎます。対応する占星術も射手座と太陽ですので、全くの別物ということがわかります。
似ている意味を無理に区別するのではなく、構造から違いを判断することが可能になり、どんな場所でどんな働きをするのかが理解できるようになります。
変化の過程を重要視できるようになる
結果が全てという考え方の人には一見否定的に聞こえますが、僕は人生で大切なことは結果よりも過程であると認識しています。
前述したとおり、タロットは〈動〉を示します。ですから、原因が〈動〉を伴った完了体のようなものだとすると、性質的には結果は〈静〉にあたります。よって、タロットは原因と結果をつなぐ過程を表しています。この過程の扱い方をタロットは担っていると言っても過言ではありません。
「転職できますか?」という問いには、「できる」「できない」と〈静〉する結果を示すのではなく、
・このカードが出るときの両端のスフィアー
・このカードの〈動〉としての過程の考え方
・何が次のスフィアーへの移動を止めているのか
こういった過程を考慮しながら相談に乗ることができるようになります。
「できる」「できない」という結果のためのタロットの利用は、ウェイト=スミス版タロットを作成したウェイト自身も“ギャンブル”であると揶揄しています。それよりも、結果にたどり着く前の過程としての考え方を生命の樹を通しタロットに表現していることがわかります。生命の樹を学び活用することによって、タロットを結果や未来へ続く過程として扱うことができるようになります。
実際の鑑定でどのようにタロットを扱っているか
僕の鑑定では、タロットだけを使用する場合と、占星術のネイタルチャートを併用する場合で、カードの使い方を変えています。
タロットだけで鑑定する場合は、78枚のフルデッキを使用し、質問に応じてワンオラクルやスプレッドを展開しています。ネイタルチャート分の情報を補うために、判断に必要な材料としてタロットを展開します。この時の生命の樹は、出たカードを解釈する背景にあてます。
まず基本になるのは、カードの意味です。生命の樹を前面に出して考えません。解釈に迷ったときほど生命の樹を活用していて、生命の樹における位置や関係を強く意識します。
一方、ネイタルチャートを併用する鑑定では、大アルカナだけを使用し、引くのは基本的に1枚だけです。
情報はネイタルチャートにあるので、1枚でも十分に鑑定ができます。複数枚引く必要はないです。
僕にとっての生命の樹は、タロットと西洋占星術、そして生命の樹の図を別々に考えるための第3の占術ではなく、タロットと占星術を統合して扱っていくための図として扱っています。つまり、タロットと西洋占星術を合わせ活用していくための道具として利用しています。
鑑定方法が変わったとしても、僕にとって生命の樹は思考の背景に携えているものです。
生命の樹はどの順番で学べば良いのか?
生命の樹にはスフィアーやパス、ヘブライ文字など多くの象徴が重ねられていることがわかりました。今から生命の樹を勉強してみようとしたときに、暗記項目の多さに絶望した人がいたかもしれません。
しかし、最初から全てを覚える必要もありません。実際、僕も時間をかけて、タロットと生命の樹を往復しながら少しずつ理解を深めていきました。26歳頃から勉強をはじめましたが、今になっても新しい学びを生命の樹から受け取っています。
ある程度勉強し研究してきた僕から、この順番で理解しようとすると円滑に学んでいける可能性があるということを順に挙げていきます。ただ、最初にお伝えしないといけないことは生命の樹の学習には時間がかかります。地道な理解と練習が必要です。ご留意ください。
最初から全て暗記しなくてもいい
僕は西洋魔術において暗記ではなく理解を第一優先にしてきました。これには理由があり、人は成長していくにつれて単純暗記ができなくなってきます。単純暗記の全盛期は8歳だといわれていて、それ以降では脳への定着には単に暗記するだけでは不十分で、理解が大切になります。(余談ですが、この8歳のピークにあわせて日本では九九の丸暗記をさせます。)
生命の樹を暗記するということは、対応表をただ覚えているということになります。
しかし、まずは名前や場所の暗記は脇に置いておいて、アツィルトではどんな概念があるとか、ケセドは何が言いたいスフィアーなのかをじっくり考えてみて、概要をつかみ取ることが何よりも大切です。そうすると、長い目で見て吸収率が変わります。細かな対応関係は、生命の樹を実際に使いながら少しずつ覚えていけばいいです。
図全体と三本柱を見る
まずは個々の名称よりも、生命の樹全体を眺めます。そこから、三本の柱や4つの世界観など、それぞれが表したいことをつかみにいきます。いきなりスフィアーやパスに入ると、なんのためにそれらがあるのかわからなくなってきます。木を見る前に森を見ましょう。
10のセフィロトを理解し覚える
全体と三本柱を理解したあとに、ここでようやくセフィロトを理解しはじめようとしていくことを推奨します。
また、私たちが経験している現実世界に近い順から理解しようとしていくと、上に上がっていく感覚がつかみやすいと思います。
1枚のタロットからパスをたどる
次に、タロットを1枚選んで、該当するパスを眺めます。どのスフィアーを結ぶパスか、そのスフィアーにはどんな働きがあるか、カードはどんな「動」を孕んでいるか、などを観察し理解していきます。一気に22枚するよりは、1枚ずつじっくり行うと理解はその分深くなります。急がば回れ、です。
自分が使う占術の関連から学ぶ
生命の樹はタロットと西洋占星術に対応しています。ですから、タロットの方面からと、占星術の方面から学んでいくことができます。
自分がすでに知っている占術から入ると、生命の樹はより色濃く見ていくことが可能になります。
自分が扱っている象徴がどこに位置し、何とつながり、どのような働きを持っているのかを考えられるようになると、生命の樹を通してタロットや占星術をより深く知っていくことがとても楽しくなります。
再三お伝えしますが、生命の樹は習得するのに時間がかかります。じっくり学び、自分自身を深く掘り下げられるようになった後は、相談者に使ってあげてください。
生命の樹に関するよくあるご質問
生命の樹には似た言葉が多く、資料や時代によっても対応関係や解釈も異なります。ここでは生命の樹を学びに来られた受講生を中心に多く寄せられるご質問にお答えいたします。
生命の樹とセフィロトの樹は同じですか?
セフィロトとはスフィアーの複数形です。そのため多くの場合は同じものを指します。
しかし、近代魔術としての生命の樹が確立していく過程でセフィロトの樹と呼ばれた図もまた存在しています。
正直、文脈の中のそれらの言葉の使い分けと定義がわからないと、一概に違うとも同じとも言えません。
聖書に登場する生命の樹と同じですか?
厳密に言うと違います。
聖書の生命の樹は旧約聖書・創世記においてエデンの園の中央にある樹として描かれています。一方、図としての生命の樹は、後世のカバラにおいて神や世界の構造を表すために発達したものです。ですから、聖書と近代西洋魔術における生命の樹は別物だと考えておくと今後整理しやすくなります。
カバラ数秘術とは何が違いますか?
全然違います。
日本で一般的に“カバラ数秘術”と呼ばれているものの多くは生年月日や名前を数字へ置き換え、個人の性格や運勢を読み解く数秘術です。カバラとはつきますが、実際にカバラから影響を受けているのは『ゲマトリア』という文字を数字に置き換える方法です。ここにルーツがあることは理解できますが、ゲマトリアは数字を出すことが本筋であり生命の樹に当てはめることではありませんでした。そして個人の性格や人生を考えるものでもありませんでした。
長くなるので説明は省きますが、僕の意見では、カバラ数秘術と生命の樹は別物であり、カバラ数秘術とは文字から数字を割り出すという古代ユダヤ・カバラのエッセンスを取り出した比較的新しい現代数秘術だと認識しています。数秘術をタロットで使う場合はマルセイユ・タロットもしくはトート・タロットを使うのがよろしいかと思います。マルセイユの小アルカナは数秘術の知識がないとなかなか読み解けません。トート・タロットは作成したクロウリーが数秘術の要素を取り入れています。ウェイト=スミス版タロットは数秘術の要素を取り入れていません。
タロットは生命の樹から生まれましたか?
生まれていません。
タロットは15世紀頃にイタリアで生まれたトランプのようなカードゲームです。そこからフランスに伝わり占いに用いられるようになりました。そこからオカルティズムの流行と共に生命の樹と結びつけられるようになりました。
ウェイト=スミス版タロットやトート・タロットは生命の樹と一緒に使うためのものとして作られました。他にも魔術系タロットは多数存在していますので、ご自身で調べてみてください。
有名なマルセイユタロットは生命の樹と結びつけられる前にフランスで流行したタロットですので、生命の樹を利用するために作られたものではありません。
ユダヤ教徒やキリスト教徒でなくても生命の樹を学べますか?
もちろん学べます。
しかしながら、ユダヤ教の中で受け継がれてきたカバラと、キリスト教カバラや近代西洋魔術の中で再解釈されたカバラは似て非なるものと言っても過言ではありません。宗教的な伝統として実践することと、思想史や象徴体系として学びタロットなどへ応用することは分けて考える必要があります。また、西洋独特の考え方がありますので、最初のうちはその思想を理解するのに時間がかかってしまったり、受け入れられないことがあるかもしれません。
前提と定義を確認しながら学習していくことが必要不可欠です。
タロット占いに生命の樹は必須ですか?
いいえ、必須ではありません。
生命の樹を知らなくてもタロットを使っている人はたくさんいます。
一個人の考えですが、生命の樹を理解することによって、カードで読み取る範囲が的確になります。絶対的な正解を得られるとまでは言えませんが、当てずっぽう感がかなり少なくなり、自分の鑑定に自信が持てるようになりましたし、受講生からもそのような声が多数寄せられています。タロットの深みやうまみを存分に味わいたい方は、生命の樹があるともっとおいしくなります。カレーに入れる焼き肉のタレみたいな感じです。
象徴世界を行き来する
生命の樹はタロットや惑星との対応を暗記するためだけに使うものではありません。スフィアーやパスがどこに配置され、何と対応し、どこに向かおうとしているのかを可視化するための構図だということは前述しています。
タロットと関係が深いとされる近代西洋魔術から再解釈された生命の樹は、最初から今の形をしていたわけではありません。異なる時代や立場の人々が、それぞれの思想を重ね読み替えてきたことで現在の形が成立しています。
しかし、古代のユダヤ・カバラが違っているということではなく、それはそれで純粋なカバリストたちに口伝され、伝承していっていることだと思います。僕はタロットを使うために生命の樹を学び実践しているオカルティストの一人です。真のカバリストだとも思っていません。けれども、後から付け加えられたものが全て蛇足であるとも思っていません。それにはそれの道があり、違いを認識しながらも自分の知りたい道を究めていくことが大事だと考えています。自分の知りたい道が完全に正しいとも、卑下するべきものだとも思っていません。
生命の樹が目に見えないオカルト世界を全て説明してくれるものでもありません。また、そこに当てはめて考えると答えが必ず見つかるということでもありません。それでも、自分が今どこにいて、何とつながり、どこへ向かおうとしているのかを理解することは、人生や自分自身を納得して進むためには必要不可欠だとも思っています。
納得のために、進んでは戻り、上がっては下がってをくり返す。――生命の樹はそのためにあるのだと確信しています。
生命の樹をさらに学びたい方へ
生命の樹を動画でざっくり知りたい方は、YouTubeにいくつか動画を上げていますので是非ご覧ください。
高評価(goodボタン)を押していただけると大変励みになります。
一人では理解しにくい部分やタロット・西洋占星術への応用までを学びたい方には、個別で講座をご用意しています。
参考文献・参照資料
- 『セーフェル・イェツィラー(形成の書)』Sefaria
- J. H. Chajes『The Kabbalistic Tree』Penn State University Press, 2022.
- Jonathan Garb『A History of Kabbalah: From the Early Modern Period to the Present Day』Cambridge University Press, 2020.
- Brian Ogren「Kabbalah」『The Cambridge Handbook of Western Mysticism and Esotericism』Cambridge University Press, 2016, pp.95–106.
- 「The Four Worlds」Chabad.org
- Ronald C. Kiener「Saadia and the Sefer Yetzirah: Translation Theory in Classical Jewish Thought」『Interpretation in Religion』E. J. Brill, 1992, pp.169–179.
- Guillaume Postel『Abrahami Patriarchae Liber Iezirah, sive, Formationis mundi』Paris, 1552.
- Peter J. Forshaw「Christian Kabbalah」『The Cambridge Handbook of Western Mysticism and Esotericism』Cambridge University Press, 2016, pp.143–155.
- David Allen Harvey「Elite Magic in the Nineteenth Century」『The Cambridge History of Magic and Witchcraft in the West』Cambridge University Press, 2015, pp.547–575.
- Tim Husband「Before Fortune-Telling: The History and Structure of Tarot Cards」The Metropolitan Museum of Art, 2016.
- Israel Regardie『The Golden Dawn: The Original Account of the Teachings, Rites, and Ceremonies of the Hermetic Order』Llewellyn Publications, 2016(初版1937年).
- Arthur Edward Waite『The Pictorial Key to the Tarot』William Rider, 1911.
- 『創世記 2章9節』Sefaria
- 「Gematria」Jewish Encyclopedia
※ウェブ資料の最終閲覧日:2026年9月28日
